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不妊迷子の治療の記録

不妊治療(男性不妊、着床障害)の記録を、当時書き溜めていたメモをもとに振り返っています。治療の進捗が、そろそろ追いつくかも。

妊娠中の不育症の不安、2人目に向けて考える

2015年6月〜2016年3月


※妊娠中と出産の話です。





クリニックを卒業後、大きなトラブルはなかったが、お腹の張りが少しあった。

2学期が始まってすぐ遠足の引率があり、その日からお腹の張りが強くなり張り止めを服用するように。でもあまり効果はないのでお守り的な感じで服用していた。

また、その頃から脇腹あたりが痺れるように。それを健診でいうと、帯状疱疹かも、と。でも帯状疱疹は高校のときにもうやっている旨伝えると、様子をみていくことに。

痺れるポイントはお腹が大きくなるにつれ上に上がってきて、9ヶ月過ぎる頃にはみぞおちが痺れるように。

産休に入ってから仕事から解放されリラックスできるようになったので、お腹の張りはなくなったが、痺れは強くなる一方だった。


お腹が大きくなるのと同じように痺れも大きくなっていったので、これは血流になにか問題があるのでは、血栓でもできたのでは、と心配したが、妊婦健診でそれを話しても特に何もなく、妊娠中は色々なマイナートラブルがあるから様子をみていきましょうと言われるだけだった。


予定日を1週間すぎても生まれる兆候がなかったので管理入院をし、促進剤の投与が始まる。

同じ時期に入院した方は、2日目に胎児心拍が下がり、緊急帝王切開になっていたが、私のほうは待てどくらせど陣痛は始まらない。

促進剤は分娩室で投与するので分娩台で1日過ごすのだが、分娩台がカーテンで仕切られているだけなので、隣ではバンバン赤ちゃんが生まれていく。お産間近のいきむ声が響く中でお昼ご飯を食べたときは、こんな経験2度とできないと思った(^^;)

お腹の赤ちゃんは、促進剤を入れていてもお腹で元気にぽこぽこ遊んでいることが多く、陣痛もつかない。そうこうしているうちに促進剤投与5日を過ぎてしまい(^^;)どんだけタフな赤ちゃんなのだと助産師さんも笑っていた。ただ、陣痛はつかないけれど、痺れは最高潮で、その辺りが硬くなっていた。それを助産師さんに言うが、う〜ん…というだけ。

生まれる気配はないまま投与6日目。ようやく陣痛がついてきたけれど、赤ちゃんは降りてこない。ただ、夕方破水したものの子宮口は5センチ。時間切れで促進剤はその日終了。微弱陣痛に耐えながら、夜を明かすことに。

でも破水の影響なのか、赤ちゃんの元気がなくなっているので、明日朝の段階で促進剤にするか帝王切開にするか診断すると言われる。

今すぐ帝王切開にできないのか聞くと、夜だからNG。あと、病院は帝王切開の曜日が決まっているらしく、できれば延ばしたかったみたい(^^;)

夜中、陣痛に耐えていたが、4時すぎに胎児心拍が下がり、緊急帝王切開となった。


お腹をあけてびっくり。胎盤が剥がれかかっていたそうな。あと少しでも手術が遅かったら大変なことになっていたらしい。それくらい胎盤はぼろぼろだった。42週ですから、ぼろぼろになっていてもおかしくないのだけど。

また、痺れて硬くなっていたところに胎盤があったそうだ。血流が悪くなっていたのかな。

赤ちゃんは無事生まれてくれたのでよかったが、一歩間違っていたら大変なことになっていたと思うと、背筋凍った。


後日、胎盤の病理検査の結果をきくと、胎盤に梗塞が複数みられたそう。もう、血の気が引いた…。


子どもは無事生まれてくれたけれど、胎盤梗塞があったってことは、42週になる前に帝王切開にしてもよかったんじゃ…。もし次に妊娠できたら、また胎盤梗塞ができるのでは。そうしたら、無事生まれてきてくれるのだろうか。バイアスピリンだけじゃ足りないのかも…。



2人目の治療を再開するときは、まず杉WCで検査を受けてからにしようと思った。胎盤梗塞について聞かなくては。

電話で確認すると、断乳して1週間後であれば検査は可能とのこと。なのでとりあえず10月に検査の予約をした。



胎盤梗塞には驚かされた。着床障害は不育症のように胎盤梗塞ができることがあるだなんて知らなかったから。これは2人目の治療は楽観視できないな…と。杉WCでの検査結果が悪ければ、ヘパリンも使うことになるのだろうか…。それはそれでこわい。


胎盤梗塞に不安を感じつつ、2人目の妊娠に向けて少しずつ治療へ覚悟を決めていった。