不妊迷子の治療の記録

不妊治療(男性不妊、着床障害)の記録を、当時書き溜めていたメモをもとに振り返っています。治療の進捗が、そろそろ追いつくかも。

卒業後、治療を振り返り思う




移植10回目で陽性、クリニック卒業となった。

今までの治療を振り返り、当時思ったことを羅列。



着床障害が分かってすぐの移植で陽性ということは、今までの陰性や化学流産の中にも、もしかしたら生まれてこれた子がいたのかもしれない。


移植10回目での妊娠。もっと近道はあったのだろうか。採卵、移植は適切だったのだろうか。


卵の育ちが悪くなっていった原因は、年齢の他にもあるのだろう。もう質のいい胚盤胞はできないのだろうか。


いい卵がとれるために、できたことは何だろう。


血縁凝固系に問題あるなら、このままバイアスピリンのみで普通に過ごしているだけで大丈夫なのか。



などなど。

結局のところ、杉WCでの診断のおかげで妊娠できた。着床障害で着床しにくい。血流がよくなれば着床する。先生のおっしゃる通り、これが全てだった。


また、杉でちゃんと検査を受けようと思えるようになったのは、リプロダクションクリニック大阪に通って色んな検査を受け、着床しずらい身体なのかもと教えてくれたから。

リプロに通わなければ、私はきっともやもやしながらやみくもに移植を繰り返していただけだっただろう。


それに、リプロや杉に行かずに6日目4AAを移植していたら、おそらく着床しなかっただろう。

だから、遠回りをしたが、着床障害が分かってよかった。

遠回りしてしまったけど、妊娠するためには必要な遠回りだったのかもしれない。