不妊迷子の治療の記録

不妊治療(男性不妊、着床障害)の記録を、当時書き溜めていたメモをもとに振り返っています。治療の進捗が、そろそろ追いつくかも。

26周期目つづき DLC 流産手術

2014年7月〜8月

 

7.30 9w0d 手術当日 

        9:05院長問診

        9:45子宮口を広げる処置 胎嚢29.9、胎芽測れず

                蕁麻疹が出てきたのでセレスタミン少量の水で飲む

        9:55 安静室へ 着替え

       10:40点滴

       12:30トイレ

       12:35処置台へ 麻酔すぐ効く

       13:15何となく目がさめるが目が開かない

       BGMが聞こえる ナースコールで時間を聞いた

       14:30目が醒める

       16:00待合室へ

       16:45 院長の説明 ホスミシン、メデルギン処方

       帰り道の電車、座っているのも辛い

7.31 まだ立つのも座るのも辛く寝て過ごす

       食欲はある。出血も少量。

8.01 昨日より回復。座れるが立つと辛い。出血少量。

8.02 ゆっくり歩いたら何とか外出できる。

       出血多くなったがそれでも少量。

8.03 茶オリ少量

8.04 DLC診察。経過良好。次回病理検査の結果

       鍼灸院初診 下腹部の張りと痛み和らぐ

8.18 DLC診察 病理検査の結果、通常の流産

       染色体異常によるもの

       2回生理を見送ることに




回顧録



流産手術の前日。

お腹の赤ちゃんとお別れだと思うと涙が止まらなかった。


最後までお腹で頑張ってくれてありがとう。私が怖がりだから、手術の日までお腹にいてくれたんだね。育ててあげられなくてごめんね。またいつか、必ずお腹にきてね。その時はちゃんと育てるからね。


心拍が確認できなかったときから我慢していた気持ちが溢れてきた。


手術当日、麻酔が効いて、目がさめたときには手術は終わっていた。

待合室へ戻って待っている間、内膜ポリープのときとは身体が全然違うのを感じた。身体が思うように動かないし、とにかく重いのだ。

帰り道、座っているのも辛くなり、乗り換えの駅でたまらず夫に電話をし、迎えに来てもらった。

そういえば手術前に、お迎えがあるのか看護師さんに聞かれた。電車で帰ると言うと、くれぐれも気をつけてくださいと言われた。ただ、内膜ポリープを採ったときと同じと思っていたため、軽く応対してしまったのだけど…夫の車を待っている間、看護師さんの言葉を噛みしめ、道路にしゃがみ込んでいた…。


夫の車に乗ると、色々聞かれたのだが受け答えることができないくらいになっていた。

ダメージが大きく、身体が重く感じました。気持ちは無なのに、いつのまにか涙が溢れていた。


赤ちゃんとお別れしたのは本当なのだろうか。こんなにあっけないのだなぁ。


陰性を繰り返していた頃、流産した方のブログを目にすることもあったが、辛いのだろうと思いつつ、陽性判定をもらえるなんて羨ましいととも思っていた。


経験したこともないのに、羨ましいだなんて。その気持ちを推し量ることもせずに。

自分はなんて浅はかだったのだろう。

子宮鏡検査と流れは同じでも、身体のダメージも心のダメージも、全然、比べ物にならないものだった。


それから数日、しばらく寝て過ごした。ちょうど夏休みの行事がひと段落したので、有給を数日取れたのもラッキーだった。

ゆっくり時間を過ごしながら、気持ちの整理をつけていき、早く心と身体を元気にさせようと思うようになっていた。


この頃から、新しい鍼灸院にも通い出した。手術後に行くと格段に体調が良くなった。身体を温めること、血流を良くすることって、ほんと大事なんだな。