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不妊迷子の治療の記録

不妊治療(男性不妊、着床障害)の記録を、当時書き溜めていたメモをもとに振り返っています。治療の進捗が、そろそろ追いつくかも。

25周期目 DLC 採卵4回目 マイルド法

2014年5月


5.03リセット

5.07 D5 主席卵胞11.3、Fsh9.0、E2 40.2

        クロミッド5日間、ゴナール2日おきに2回

5.11 D9 内膜10、E2 410、LH4.4

        卵胞右17.12.11、左14、ゴナール院内注射

        1つ大きいので連日見ていくことに

5.12 D10 内膜8.5、E2 678、LH3.6

        卵胞右21.13.12、左14

        フェリング、ガニレストを注射

5.13 D11 内膜16、E2 921.6、LH2.4

        卵胞右23.15.15、左16

        フェリング、ガニレストを注射

5.14 D12 内膜14、E2 1240.7、LH2.3

        卵胞右24.18.17.4、左?

        フェリング注射、夜ブセレキュア

5.16 D14 採卵 8個、変性4

        濃度1600万、運動率38% ICSIでいくことに

        SEET液の説明がある

5.23 D21 5日目胚盤胞3BBを凍結

        1つは途中で分割停止、あと2つは受精せず



        



回顧録



お休み周期で色々考えた末、DLCに一旦戻ることにした。

DLCに6日目胚盤胞4BB、京野に5日目胚盤胞3BCが残っているが、もっといいグレードのものをつくりたかった。DLCなら良好胚盤胞ができるはずだと思い込んでいた。


そして、結果が出ないのは精子の質が原因ではないかと思っていた私は、この採卵の結果次第で、さらに詳しく診てくれる男性不妊外来のクリニックを探し始めた。



そんな中、GWにリセット。

診察ができない最悪のタイミングでリセットをしてしまった(^_^;)

でもこの周期を無駄にしたくなかったので採卵すると固く決意しDLCへ。

5日目だったのですでに主席卵胞ができていた。「主席ができてるので採れて2、3個」と言われたが、それでも採卵することに。



結果、京野と変わらず、凍結できたのが1つという結果。

今回は主席があったから採れなかったのは仕方ない。でも胚盤胞のグレードが、以前より落ちている…。



よい胚盤胞ができなくなっている現実。


この頃の私は、加齢と治療疲れにより採れる卵の質が悪くなっているのに、そこには目を向けず、精子の質をあげようと考えていた。

IVFだと受精率が下がり分割速度も遅くなったので、精子に問題がある。精子の質が悪いから、良好胚盤胞ができないんだ。DLC、つじ、京野と診察してもらったけど、もっと詳しい検査ができるところはないだろうか。

そう思い、エスセットクリニックや、石川先生に診てもらうことを考えていた。


ARTに進んですぐできると思いきや、予想外の苦戦。

よい結果が出ない間に、周りはどんどん妊娠出産していく。

私より遅く治療を開始した友人も同僚も、ARTに進んだらすぐ妊娠した。

対して私は、陰性と化学流産の繰り返しで、採卵と移植の回数が増えていくだけ。

なかなか妊娠できないことに焦り、自分で自分を追い込んでいた。

色々考えれば考えるほど、迷子のように周りが見えなくなっていた。



今なら、卵子側にも目を向け、もっと休もう、鍼や漢方をして身体を整えようと思えます。

でもこのときは休む選択肢をつくりませんでした。お休みすれば身体が整って妊娠に近づくなんて思えず、一周期無駄にすれば、その分妊娠が遠のくと思っていました。


もっと万全なときに採卵すればよかったのに。

一周期、一周期をもっと大切にすればよかったのに。

もったいないことをしていました。