不妊迷子の治療の記録

不妊治療(男性不妊、着床障害)の記録を、当時書き溜めていたメモをもとに振り返っています。治療の進捗が、そろそろ追いつくかも。

23〜24周期目 京野アート高輪 採卵3回目 、移植5回目。アンタゴニスト法、新鮮胚移植

2014年3月〜4月


3.06リセット

3.08 D3 初診 

        夫 精管あり エコー問題なし

            運動率49%、前進42%、奇形56%

        私 内膜8.6、右8ミリ3こ、左6ミリ4こ

        アンタゴニスト法で採卵することに

        ゴナールF150 4日間

        ビブラマイシン 2人で。1日1錠

3.12 D7 内膜11.98、右4こ、左5こ見える

        ゴナールF150、フェリング、ガニレスト 3日間

3.15 D10 内膜メモなし、

        右21.21.19.16、左21.21.19.19.16

        hcg、ガニレスト、ゴナール院内注射

3.17 D12 採卵 大6こ、中3こ、小4こ採れる

        運動率61%、前進56%、奇形61%

        調整後100%になったのでIVFでいけるとのこと

3.18 D13 受精確認Tel 受精4、不明2、異常受精2、変性1

3.20 D15 移植 院長先生!6分割のものを戻す

        残りの卵の分割状況とフラグメント

        6分割10%、5分割20%、3分割20%、2分割40%

        卵巣右5センチ、左3センチで少し腫れている

3.27 D22 卵巣右4.4センチ、左4.5センチ

        内膜10.3、5日目3BC凍結

3.31 D26 判定日 陰性

        次回は低刺激でと言われる


4.03リセット 高刺激の次周期のためお休み





回顧録



京野はDLCほど混んでいなく、ソファでゆったり待つことができたので、長い待ち時間もそこまでストレスを感じなかった。

(当時はまだ開院して日が浅く、ソファが埋まるなんてほぼなかったので、患者さんが少なかったのかも。今通っている友人に話を聞くと、以前より大分混んでいるようみたい。

初診では、私と夫それぞれ診察をし、この周期にアンタゴニストでの採卵が決まった。


自己注射は、最初怖くてゴナールだけでお願いしたが、アンタゴニスト法だからい途中からフェリング、ガニレストを加えたシリンジデビューをした。

怖がってはいたものの、ペンタイプに慣れていたこともあり、シリンジでも恐れず注射できた。確実にたくましくなっていることを実感(^_^;)


採卵はというと、これは痛かった‼︎

もう、本当に痛かった‼︎

DLCとは全然違っていた。麻酔効いてるの⁈って疑いたくなるほど。竹内院長だったら違ったのかもしれないけど…。

やはりドクターの技量ってあるんだな。DLCの河村院長は、ほんとにお上手で、ほとんど痛みを感じなかったから、採卵てそんなもんだと思っていたのだけど…違った(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)


そして採れた卵の行方はというと、連日の自己注射で頑張ったにも関わらず、思っていたほど採れず、凍結できたのは1つのみ。

これは私なりに原因を考えたのだが、

①受精方法が合わなかった

②誘発法が合わなかった

③身体がまだ回復していなかった

あたりかなと。


夫はこの周期だけ異様に成績がよく、IVFでいけたことが一歩前進だった。つじクリニック通院の成果か、タバコをやめた成果なのか…。

でも受精したものが4つしかなく、3日目までの分割も遅かったので、顕微のほうがよかったのかもしれない。

また、アンタゴニスト法をするにあたって、私は内心とても期待していた。低刺激のマイルド法で4〜5こ採卵できるなら、高刺激になれば10こ以上採れるのではないかと。そして5こ以上胚盤胞ができるのではないかと。でも私の期待は砕け散る結果となった。

凍結できたのは1つ。それもグレードの低い胚盤胞今までCのつく胚盤胞はできたことがかったので、これはショックだった。


そして身体の回復具合。これは今にして思えばなのだけど。当時はこんなこと思いもしなかった。もう少し休んだ上で採卵していれば、いくつか胚盤胞ができたかもしれないと、今なら思える。


そして新鮮胚移植。この日は院長。穏やかな院長にリラックスしながら臨めた。

だけれど判定日は陰性。着床もしていなかった。

転院すれば妊娠に近づくのではと思っていたのに、逆に遠のいてしまったような、出来の悪い結果に落ち込む。

先生の、次回は低刺激でという提案も、それならDLCに戻ってやったほうがいい!と思ってしまった。


京野は主治医制ではない。私は竹内院長に診てもらいたかったが、診察で一度もお目にかかったことがない。この周期の移植のときと、後の判定日の2回だけ。

せっかく転院先したのに院長に診てもらえず、採卵も痛い思いをするなんて、転院した意味がないと思えた。


思っていた結果ではなかった京野での採卵と移植。治療を始めてからいちばんこたえた。

今までの人生、努力をしたら成果が出る人生でした。高校、大学、就職、転職、今まで頑張ればその分見返りがあった。


だけど不妊治療は違った。

頑張っても結果が伴わない。

むしろ悪くなる一方。

そんな状況にどうしていいか分からなかった。


私たちは子どもが授かれるのだろうか。

私たちにとって妊娠にいちばん近い方法は何なのか。

そんなことを思いながら、答えが出ずに、ただ悶々と毎日を過ごしていた。