読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

不妊迷子の治療の記録

不妊治療(男性不妊、着床障害)の記録を、当時書き溜めていたメモをもとに振り返っています。治療の進捗が、そろそろ追いつくかも。

14周期目 DLC 移植2回目 夫婦ゲンカとホルモン補充とフライング

2013年8月


8.01リセット

8.03 D3 ホルモン補充開始 

          エストラーナ2日おきに枚数徐々に増やしていく

8.12 D9 内膜13.1ミリ、E2 151.9 、P 0.28

8.16 D13 膣座薬始まる

8.19 D16 内膜12.1ミリ、 デポ注射

          膣座薬でカンジタになりかけ。薬入れてもらう。

8.21 D18 移植  

          戻した卵ちゃんは、1回目の4BB。

8.23 D20 内膜15.7  E2151.9 、P0.28

          今日着床日。デポ注射。

8.27 D24 デポ注射

8.28 診察日ではなかったが、痒みがひどくなったので軟膏処方してもらう。

8.31 D28 判定日 hcg9.8

         初期流産。着床したけど上手く育たなかった。

         次回下がっているか確認。

         子宮外妊娠か見極めることに。






回顧録



移植の次の日、夫が薬を飲んでいないことが発覚。

随分前からリビングに置かれた薬の紙袋。詰め寄ると、薬を飲んでいないことを白状した。案の定、言い争いに発展。


「こんなにケンカするなら子どもはいらない」

「俺けっこう頑張っていると思うんだけど」


と言う夫に、かなり頭にきて涙がでた。

こんなに毎日薬を飲んで注射して、テープ張り替えて座薬の時間を忘れずにやって、内診やって、痛い思いたくさんして 、それでもやらなきゃ子どもができないと思うから頑張ってきた。

なのに、毎食薬を飲むだけの簡単なことができないってどうなんだろう。薬くらいちゃんと飲め。

夫は「頑張っている」って言っているけど、頑張っているのは家のこと。治療のことは全く頑張っていない。「頑張っている」の中身が違う。そこを分かってない。


もう悔しくて悔しくて、涙が止まらなかった。


ARTに進んで治療に費やす時間が増え、急に入る通院に、友人との約束も、仕事の付き合いの飲み会もキャンセルすることが多くなり、治療中心の生活に疲れてきたところでの発覚。

それに、ホルモン補充は思っていたよりも大変で、だから尚更、夫の行動が許せなかった。

注射みたいに派手な大変さではなく、地味に大変。テープも膣座薬も。夫から見れば、そんなに大変とは思っていなかったのだろう。


この事件後、夫はタバコを吸わなくなった。

私の鬼の形相に、覚悟を決めたのかもしれない(笑)

でも、私の中ではかなりの期間尾を引いた出来事だった。



ホルモン補充はこの後も何度もやっていますが、特に膣座薬には毎回悩まされている。

当時はまだ国内のお薬がなく、輸入していた。 端が硬くなっているのでカスが出るし、時間が経って残ったものが出てくるのでナプキン必須。

しかも、それによってかぶれてきて、カンジタに何度もなった。

ウォシュレットを頻繁にして、布ナプキンを装着するようにしたら、大分快適になったが、それでも毎回カンジタになっていた。

(ただ、最近国内でも薬が販売されるようになって、ルテウム膣坐剤になったら、カンジタにならなくなった。成分は同じだと言われたけど、カスも出ないし布ナプキンで乗り切れる!さすが国産。)


また、この移植からフライングをやるようになった。

私は毎回BT4日目か5日目からチェックワンファストでフライングをしている。

私の場合、着床すればBT5日目には反応がでる。BT5日目に反応がなければ、残念な結果ということ。

BT9日目くらいまでフライングは続け、反応がないときはもう次周期に向けて気持ちを切り替えるようにしている。

フライングをしながら気持ちに整理をつけるので、フライングは私にとって必要不可欠なもの。

この周期では、チェックワンファストでBT8日目くらいから髪の毛ほどの細い薄い反応があった。

なので判定日の化学流産という現実も、すんなり受け入れることができ、冷静でいられた。